ブレイブ・ストーリー 少年には重すぎる物語

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最近になってようやく宮部みゆき先生の「ブレイブ・ストーリー」を読んだ。
ブレイブ・ストーリーは両親と父親の不倫相手の間で繰り広げられる身勝手な争いに直面した少年「ワタル」が、自分の運命を変えるために別の世界「幻界」を旅して成長していく物語。
この話を知ったきっかけはコミックバンチに連載されていた小野洋一郎先生の漫画「ブレイブ・ストーリー〜新説〜」。漫画版は話しの展開や終わり方が好きだったので何回も何回も読み返した。
ブレイブ・ストーリーはアニメ映画になっている。見たはずなのだけれど、正直にいうとあまり内容が記憶に残っていない。漫画版のイメージそのままで鑑賞したので(あれ?なんか展開がイメージしてたのと違うな)と思ったことだけは覚えている。

漫画版・映画版を見ているときから原作小説がずっと気になっていた。ただ、すでに話の流れを知っていたので読むのをずっと後回しにしてきた。その結果すっかり存在を忘れていたのだけれど、たまたま立ち寄った図書館で見つけて懐かしくなって借りてしまった。
原作はボリュームが多いというのも腰が重かった原因の一つ。なのに読み始めると面白くて止まらない。文庫版「上・中・下」と借りたのだけれど、休日丸々一日つぶして全て読み切ってしまった。

漫画版と原作では基本的な設定が同じな別の物語としてみた方がいいかもしれない。漫画版がバトルにかなり重点を置いているのに対して、原作では、冒険に比重をかけているように感じた。
それ以外にも漫画版と原作違いとして、

  • ワタルたちは原作では小学校5年生だが、漫画版では中学2年生である
  • 原作では人間と同じような見た目をした「アンカ族」と獣人などそれ以外の種族の差別を描いた「リリス」という町が登場するのだが、漫画版では描かれていない。
  • 一方で、原作ではほとんど名前だけの登場といった「シグドラ」という組織が漫画版では(設定の変更はあるが)頻繁に登場しており、主人公たちと戦うことになる。
など、挙げだすときりがない。
ただ、どちらも幻界での経験を通して主人公であるワタルの成長を主軸に置いているとは思う。

両方とも面白いのだけれど、個人的な好みだけで言うと漫画版の方が好き。
その理由は「ミツル」の扱いにある。
ミツルというのはワタルの友達で同時期に物語のメイン舞台である「幻界(ヴィジョン)」を訪れた旅人(現世から幻界を訪れた人間)であり、ライバル関係にあたる存在。幻界で5つの宝玉を揃えた旅人は運命の女神に1つだけ願いを叶えてもらうことができる。ミツルもワタルもそれぞれが辛い運命を迎えていて、それを変えることを目的に幻界を旅するのだが、ミツルの辛い運命に関係しているのが、彼の死んだ妹の「ミドリ」。
原作では名前ぐらいしか登場しない彼女だが、漫画版では彼女に瓜二つの王女が登場し、ミツルに深く関わっていく。(原作にも同様にミツルと関りを持つ王女はでてくるのだが、彼女はミツルの妹ではなく叔母にそっくりの設定)
彼のことを語るうえでミドリという妹の存在は欠かせない。彼はただ妹を救いたい一心で旅を続け、そのためなら幻界を犠牲にしても構わないとすら考えているし、そのためなら手段を択ばない。事実、漫画版・小説版ともに彼が幻界に生きているヒトをヒトと思っていないようなシーンがある。そんな彼でも漫画版ではゾフィ王女を助けるためにその身をなげだす。そうすることで命を奪われてしまい、願いを果たせなくなってしまうかもしれないのに。妹にそっくりなゾフィ王女の存在がより深くミツルという存在を描き出している。
ミツルが登場する頻度も漫画版の方が多く、漫画版はワタル・ミツルがW主人公として描かれているように感じた。
ミツルが迎える運命は漫画版も原作も同じだけれど、漫画版の終わり方のがまだ彼に救いがある気がする。漫画版の最後では涙が止まらない。

一方、ワタルの成長という部分で見ると原作の方が深く描けているのかもしれない。
リリスの町では差別に直面しているし、ティアズヘブンの町では自らの醜い部分をさらけ出している。デラ・ルベシでは他人を見下すことでしか自分を偉いと感じられない人間の弱い面を目にすることになる。バトルにフォーカスした漫画版と違い、そういったり現実的で理不尽な問題に対してワタルたちがどう行動していくのか、という面白さが原作にはある。

原作も小説版も幻界での経験を通してワタルの成長を描かれており、彼は最終的に強く自立した自分を手に入れている。ブレイブ・ストーリーはそんな彼の成長物語であるのと同時に、「哀しい物語」だと思う。

ワタルの年齢、原作では小学校5年生という設定だが、彼が直面する現実はその年齢で経験するにはあまりにも厳しい。ワタルは成長”した”のではなく成長”せざるを得なかった”のではないだろうか。
そしてミツル。原作、漫画どちらでも彼はワタルよりも大人な考え方を持ち、精神的にも成長しているように見える。しかし、最後まで現実を直視できずに”過去”だけを見てつきすすむ姿は、ないものねだりをする子供のように見えなくもない。

「現実を受け入れて、自分を変える」

幼いワタルにはできたが、果たして今の自分にそれができるかどうか。

ヴェスタ・エスタ・ホリシア