鉛筆という原点回帰
鉛筆を普段使いしている人はどれだけいるだろうか。
自分の場合、小学校、中学校ではシャーペンの使用が禁止されており、鉛筆の使用が義務付けられていた。小学生の時は上下に振ることで芯がでてくるシャーペンが人気で、隠れて学校に持ってきている生徒もいた。ただシャーペンを所有している、それだけでクラスのヒエラルキーの上に君臨できた時代があった。
もちろん授業中に使うと先生に没収されてしまうため、シャーペンを筆記具として学校で使うことはできず、「文字を書く」というシャーペン本来の機能を鉛筆という存在から奪い取ることができなかったのだけれど。
そんな鉛筆を最後に使ったのは確か高校受験の時、以降はずっとシャーペンを使っている。
実際授業でノートをとる時などは鉛筆よりもシャーペンの方がメリットが多い。思いつく限りでも
- 削る必要がないのでゴミが出ない
- 鉛筆削りを持ち運ぶ必要がない
- ずっと尖ったままの状態で書くことのできる「クルトガ」など、特別な機能がついたものがある
- H、HB、Bなど好きな柔らかさにいつでも変更できる
では、今更鉛筆を使う理由はなんだろう。
線に強弱がつけられる
一つ目の理由として、タッチに強弱をつけることができるということがあると思う。例えばシャーペンであれば、筆圧による濃淡はつけることができるが、線の太さはほぼ一定で替えることは難しい。常に芯を尖った状態に保つことができる「クルトガ」なら尚更だ。一方、鉛筆は濃淡や線の強弱もつけやすいし、芯の側面を使うことで広い面でも簡単に塗りつぶすことができる。
文字を書くだけであれば、それができたところで意味があるのか?と思うだろう。その通りだと思う。しかし、ブログのネタを考えるときや仕事でアイディアを出さないといけないとき、文字だけではなくスケッチも交えてアイディアを練っていくという機会は意外と多い。そういう場合は、シャーペンの無機質な線でスケッチを描くよりか、鉛筆を使った方が気持ちいい。
削る時間が重要
「鉛筆を削る」という行為は一見無駄に見えるかもしれない。確かにメモをとるときなどはスピードが求められるため、鉛筆よりはシャーペンやボールペンを使った方が良いだろう。ただ、この「削る」という行為を挟むことで思考がまとまり、新しいアイディアへとつながることがある。他にも、アイディアが溢れてくるときはまとめようと考えずにひたすら手を動かして書き留める、そして少し煮詰まったときに休憩もかねて鉛筆を削る。もちろん、電動ではなく手動の鉛筆削りで。そうすることで不思議と頭がスッキリし、答えhとつながる一本の線が見えたりするのだ。
短くなっていくのが楽しい
鉛筆は書けば書くほど短くなっていく。それは逆にいえばそれだけの量を書いた証拠でもある。そう考えると短くなっていく鉛筆を見るのが楽しくなってくる。もちろん鉛筆にもデメリット等は存在する。削る必要があるということはもちろん、使い始めの鉛筆は長いので筆箱に収まらない、芯が折れるのを防ぐためにキャップをつける必要があるなど。
利便性だけを見ると、やはりシャーペンに分があるだろう。そういった意味で、鉛筆は万年筆のように趣味の文具といえるのかもしれない。
インターネットの方が安いのにわざわざ書店で本を購入する人や、メールの方が早いのにわざわざ手紙を書く人がいる。そこの共通しているのはそれが単純に「好き」だということ。
鉛筆を使う理由も同じ、利便性は関係なく、ただ「好き」だから使うのだ。