ニンテンドースイッチを本気で楽しめないのは年のせいなのか

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クリスマスシーズンも終わり、新年を迎えている今、我が家にもとうとうニンテンドースイッチがやってきた。
長い間在庫不足が謳われていたスイッチだけれど、クリスマス前後あたりは割と多くの場所で「入荷しました・在庫あります」の文字を目にしたのでクリスマス商戦に合わせて在庫を調整したのかもしれない。
ゲームに興味がなく、購入を渋る奥さんをなんとか説得し、子供へのクリスマスプレゼントという名目で憧れのニンテンドースイッチをとうとう手に入れた。

購入したのは『スーパーマリオ オデッセイセット』
Joy-Conの色がどちらも赤色のバージョンで、スーパーマリオオデッセイとキャリングケース、オリジナルステッカー3枚がついて税込み41,000円ぐらい。僕は赤色が欲しかったがネオンレッドのオレンジがかった色味があまり好みじゃなかったので、丁度良かった。でも正直ステッカーの使い道には少し困っている。

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家に帰って早速セッティング。セッティング自体はケーブルをつないでいくだけなので難しくない。Wii以来久々の任天堂据え置きハードなのだが、驚いたのはスマホを通してプレイ時間や遊んだゲームを確認できたり、各種制限を行うことができる『NINTENDO みまもり SWITCH』機能があること。
子供にとっては余計な機能なのかもしれないが、オンライン機能を制限できることは子供の安全を心配する大人にとってかなり心強い。でも、プレイ時間もチェックできるこの機能がスーファミや64についていなくて良かったとしみじみ思う。

スーパーマリオオデッセイをプレイ

一通りの設定をした後、スーパーマリオオデッセイを起動してみる。今回のマリオもストーリーはクッパに攫われたピーチ姫を救いに行くという定番のもの。新たな相棒、帽子?の『キャッピー』と共に、追加された新アクションを駆使して冒険を進めていく。
僕はあまりマリオのストーリーを気にしないので、会話などは流し読みで済ませる。
どんなアクションがあるのか色々と試して最初に感じたのは、スーパーマリオ64の時の操作感で問題なく遊べるということ。帽子を使った新しいアクションも覚えるのは難しくない。Wiiのスーパーマリオギャラクシーをプレイした時も感じたのだけれど、色々と新しいものが取り入れられているはずなのに、昔の操作感を損なわずにプレイできるゲームのバランスの良さ、作り込みの凄さはさすが任天堂。
1P側がマリオ、2P側がキャッピーを操作する2Pプレイも楽しい。子供とやる時は僕がマリオ、子供がキャッピーという役割でワイワイ言いながらプレイしている。
初日は気づけば5時間ぐらいプレイしてしまっていた。

ポッ拳DXも購入

子供と一緒にプレイするにはマリオだけだと物足りないので、ポケモンの格闘ゲーム『ポッ拳DX』も購入した。
戦闘中、フィールドフェーズ・デュエルフェーズと分かれ、各フェーズによって使える技・使えない技があるので最初は操作に迷うこともあったが、慣れてくるとだんだん楽しくなってくる。
フェーズが分かれていることと、その立ち回りをきちんと理解するのは子供にとって難しいみたいだけれど、技を出すのに特別難しいコマンド入力はないし、HPにハンデを付けることができるので対等に戦うことができるのは嬉しい。というかこちらのHPを50%、相手のHP150%に設定すると、僕の実力じゃ本気でやっても勝てない。今のところ子供相手にかなり負け越している。
まだ購入して日が浅く、マリオと並行してプレイしていることもあって対戦以外のモードはきちんとプレイできていないが、今の時点で気になる点があるとすれば、キャラクターの強さのバランスがあまり良くないところだろうか。遠距離攻撃が強いポケモンが強すぎる気がする。

ニンテンドースイッチは間違いなく面白い。でも・・・

購入してからソフトを2つしかプレイしていないが、少し遊んだだけでもスイッチが面白いゲームハードだというのは分かる。今はテレビにつなげて遊ぶのがメインだけど、今後はちょっとした旅行などに携帯ゲーム機として持って行こうと思う。スペックや画像など、他の最新ハードに比べると見劣りする部分が多いらしいが、そこに特別なこだわりがなければ別に気にならない。
というか、ニンテンドースイッチには数値上での評価を覆すためのゲーム体験を提供してくれることは間違いない。子供の頃初めてスーファミ、PSで遊んだ時のワクワク感を大人になってまた感じることができるとは思っていなかった。

ただ、当時と今では違うことも多い。特に日常生活においてゲームをプレイすることのハードルが低くなったこと、そしてゲームを通したコミュニケーションの変化は大きく、スイッチをプレイしていく内に上手く説明できない違和感を感じた。

日常生活におけるゲームの立ち位置

僕が子供のころは、ゲームをプレイするためにスーファミしかりGBしかり、専用の端末が必要だった。僕の家にはテレビが1台しかなかったので、必然的に両親の監視の元、1時間という制限時間がある中でゲームを遊ぶことになる。1時間を超えるとコンセントを抜かれて強制中段が執行される。そのため、セーブポイントが見つからないことは死活問題であり、効率よく進めるためには常に集中してプレイすることが求められた。
しかし、スイッチやスマホゲームはいつでも気軽に中断することができるので、そこまで真剣にならなくてもいい。飽きたら中断して、気が向いた時に再開する。少ない時間を活用してゲームをすることができるので嬉しいことだが、その手軽さがどこか物足りないと感じている自分がいる。
スーファミをプレイしていた時のような、終了時間が迫っているのにセーブポイントが見つからないハラハラ感が懐かしい。

ゲームを通したコミュニケーションの変化

ゲームを通したコミュニケーションも大分変ったと思う。僕がゲームを通したコミュニケーションと言われて真っ先に思い浮かぶのが、友達との情報交換や集まって一緒にプレイすること。でも今は、離れていてもゲーム中にチャットを通じてコミュニケーションをとれるし、欲しい情報はネットで検索すれば簡単に見つけることができるようになった。リアルに集まってゲームをプレイする体験を持つ僕にとって、オンラインを通したコミュニケーションは一人でプレイしている感覚とあまり変わらない。
もちろん僕もゲーム中にチャットを使ったコミュニケーションを取ることは多く、これはこれで面白いのだけれど、曇りガラス越しに会話をしているような感じは拭えない。


結局のところ、自分のゲーム体験と最新のゲーム事情の間にズレを感じてしまい、昔のようにゲームを楽しめなくなってしまった。特にマリオは自分が初めて遊んだゲームで、僕のゲームの原体験ともいえるソフト。最新機種のスイッチでそのソフトを遊んだことで余計にそう感じたんだと思う。長い間据え置き型のゲームをプレイしていなかったことも影響しているのかもしれない。年を取ってゲームに対する熱も冷めてきているせいもあるだろう。

といいつつ、すでに結構プレイしているんだけども。やっぱり面白いな、スイッチ。